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研究趣旨

日本における「美術」概念の再構築 -語彙と理論にまたがる総合的研究-

 17世紀にヨーロッパにおいて、純粋美術は工芸もしくは製造品を排除することで成立した概念であった。一方、東洋においてはながくものづくりの技能としての芸は貴人にとっても重要な能力としての地位を保ち続けた。ヨーロッパが美術作品に再現性を追い求めたのに対し、東洋では精神性を尊んできたという根本的に異なった成り立ちによるものであり、互いに干渉することもなく、近代に邂逅を迎えることになった。とくに日本においては、茶道にみられるように工芸作品が「道具」として茶人が提示しようとする精神世界を支える重要な役割を担っていたので、日本人はこれらの工芸品は当然形而上的な価値を備えていると考えた。このため、新来の「美術」概念を学習したときに、彼らの精神世界を表示するこれらの工芸品をまずもって「美術」品と考えたのは無理からぬところであった。ところが、来日美術関係者や海外の博覧会において、これらの工芸品が「美術」から排除され、日本がこれに抗う情況が現出した。

 1907年に創始された文部省美術展覧会は絵画と彫刻からのみ成り、それまでの経緯を踏まえて、西欧的な「美術」概念を移植しようとするものであった。しかし、これは20年間で終わり、1927年に美術工芸部門が追加される。これによって、日本の「美術」はヨーロッパからすれば明らかに畸形的な概念となったが、基本的に戦後から現在に至るまでこの枠組みは変わっていない。つまり、新来の「美術」を日本的に咀嚼した形態が近代日本にとってもっとも適合的で長命な概念規定であった。この概念は多くが戦後創設された美術館でも継承され、一部においてはこれに写真やデザインを付け加え、さらには現代美術の実験によって肥大化する現象としての「美術」に対応しつつ、今日に至っている。

 このとき問題なのはヨーロッパで形成された「美術」概念が大枠では下敷きとなっているために、1927年以降のこうした畸形性が忘れられがちなことである。美術を語るときに使用されるメタ言語がヨーロッパ由来の術後によって占められていることを当然のこととして大前提とする構えが、却って、畸形性を忘却させる働きをしているのである。これに加えて、欧米において開発された近年のデジタル技術の機械的な移植がこの傾向を助長しているのが現状である。

 ここ10年間に日本の美術史研究がもっとも精力的に取り組んできた課題は日本「美術」の概念規定にかかわる歴史的過程の事実認識と実態解明であり、その成果とそこから芽生えた問題意識が明確になったからこそここに掲げるように主題として「美術」を考える重要性が認識できるようになったのだ。つまり、実態研究を通じて、今回取り上げようとしているテーマが、瑣末な用語や登録上の手続きの問題だけでなく、そうした美術作品を取り扱う主体の認識方法や意識構造が問われてくることを意識化することになったのである。

 つまり、近代日本が受容した「美術」は自らの造形や美意識とは異質な分類枠であること、すなわち、それ以前に日本で追求された創造はヨーロッパとは異なる価値観と造形意欲に基づくものであったことなどである。言い換えれば、前近代以来の日本の造型はヨーロッパとは異なる価値基準によって評価されるべきものであることが再確認されたのである。この際同時に、これは決してヨーロッパに劣ったり、遅れたりした存在ではなかったことが明確に認識されるべきなのであることも明らかにされた。進んだ西欧近代と遅れた未開発なアジア、アフリカという構造こそ西欧近代が依拠した世界観であり、価値観だったのである。日本における国民国家形成はこうした西欧的な世界観を偽装しつつ、そこに日本至上の価値観を換骨奪胎することであった。
これは西欧対東洋の構図をかりて、文化の支配被支配の関係の道具とすることにさえなった。つまり、アジアにおいても日本美術を盟主としてきた近代の歴史が疑問視されつつあるし、同時に他の地域の美術と相互の関係を保ちつつ、それぞれが独自の路を歩んだ歴史もアジアの研究者によって明らかにされてきている。であるならば、日本の「美術」はヨーロッパでもなく、中国でもなく日本の分類観もしくは語彙に基づいて語られるべきであるはずである。

 このテーマは未だ日本の美術史研究において俎上にあげられてはいない。先にふれた「近代日本工芸、デザイン史基礎資料の総合的調査研究」はその先駆的研究になるものと考えられる。しかしもちろん、このことが日本的特殊性を明らかにし、それに立脚する研究を推進するだけのことであるならば、研究の意義は半減するだろう。必要なのは日本的な分類体系や語彙を検証しつつ、他の分類体系や語彙への翻訳の可能性を追求することだと考える。つまり、日本「美術」はローカルな存在なのではなく、さまざまな星宇宙としての美術体系が世界に存在し、それら相互に秩序ではなく、互いが互いを敬意をもって認識できる体系こそが必要なのである。この意味で、日本「美術」はむしろその形勢の歴史の中で類まれな美意識を醸成してきた歴史があり、そこから産み出された所産としての日本「美術」は特異であるがゆえに、世界の美術に新しい展望を切り開きえる可能性を秘めていると言える。従って、本研究はこうした日本「美術」からユニヴァーサルな価値観に到達しえる筋道を示す重要なステップになると思われる。これはただ「美術」の過去を穿鑿するのではなく、そこから世界や未来に到達できる可能性を検証することなのである。従って、本研究が貢献しようとしているのは古物の世界を精緻にすることではなく、将来の日本「美術」にあるべき可能性を正しく拓くことである。この意味で、本研究は美術史的な検証、検討であると同時に、日本「美術」が秘めている可能性を世界に向けて解き放つ、優れて現代的な課題への挑戦でもある。